最新刊
捨てられない男の「遺品整理奮闘記」《父母の人生をなぞる旅》
(2025/11/01)父と母は、小学校の教員だった。父は9歳の時には両親と死別、母は生後間もなく実母を亡くした。苦労して師範学校を卒業した。平成14(2002)年に父が、13年後の平成27(2015)年に母が亡くなり、実家は長男である私が相続した。 実家には、山ほど遺品が遺されていた。ほとんど金銭的には価値の無いものである。普通の家にないものがたくさんあった。生徒が書いてくれた似顔絵、賞を取った生徒の作文や自由研究、師範学校時代から父が集めた岩石標本、庭には自慢の硅化木、民具の数々、カタツムリの標本、母の嫁入り道具の金具付きの家具、二人で所帯を持った時に初めて買ったという使われなくなった古い食器棚もロフトに上げてあった。父が出征した時の日本軍のシャツやゲートル、武運長久の寄せ書き、などなど。 本も山ほどあった。師範学校の教科書、文学全集、料理のレシピ本、蔵王や朝日、飯豊連峰などの学術調査報告書、百科事典、高山植物の写真家になった教え子の写真集、大学教授になった教育実習生の教育関係の著書。アルバムも多数あった。貸し金の証文まであった。二人とも面倒見が良くて43組の仲人をした。結婚写真も多数残されていた。 転勤するときには、前の学校のものを段ボールに詰めて持って来た。ほとんど開けることが無かったので、それらの段ボールがクローゼットの入り口を塞ぐように鎮座していた。 実家の有様を見て、「よくもこんなに、物を残してくれたものだ」と二人を恨めしく思った。骨董屋になっていた元の同僚に有様を見てもらった。彼は、“全部まとめて、売っぱらった方がいい”と進言してくれた。しかし遺品の中には、閻魔帳、見合い写真と履歴書、手紙などプライバシーに関わるものが多数あった。まとめて売るのは気が引けた。 父、母は二人とも物が捨てられない性格だった。経済的に苦労しながら生活してきたからと思われた。自分も物が捨てられない性分である。両親の影響が大きいことは言うまでもない。出来るだけ遺されたものを生かすようにしたいと思った。いちいち中身を確認しながら処分することにした。 母が亡くなったとき、私は病院の院長だったが、遺品整理に手を付け出したのは2年後に定年退職してからだった。とは言え、フルタイムで働いていたので遺品の整理は遅々として進まず、一応の完了を見るまで6年の歳月を要した。うらめしく思いながら始めた遺品整理であったが、二人について初めて知ること、思い当たること、腑に落ちることなど多くの発見があり、途中からはそれなりに面白く感じながら作業を進めた。それは、両親の人生をなぞる旅となった。
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