ヘルメス・J・シャンブ
(2)最新刊
ヘルメス・ギーター (覚醒ブックス)
(2022/01/14)**言うならば 『"それ"は在る』は洗礼者・ヨハネで、この本はキリストだ。 なぜ、突然それが書かれたのかーー それは、私には何もわからない。 そろそろ道が整ってきたのか、つまり、いよいよ光と風の時代がやってきたのか。 全ては完璧だ! 至高の一冊!** 『"それ"は在る-ある御方と探求者の対話-』の待望の続編ともいえる本! 続編ではなく、この本単体でも読むことのできる作品です! 「愛するより、愛で在りなさい愛そうとするより、愛で在りなさい」 「愛が原因であるなら、結果もまた愛です ゆえに、はじめもなく終わりもありません はじめもなく終わりもないということは どこにも行為者がいない、ということを意味します 愛が原因であり、結果もまた愛なら、原因と結果は存在しません つまり、時間も空間も存在しないのです ここに、永遠があります ここに、平和があります 愛しか存在しなく、愛しか現れないなら それはまさに幸福であるに違いありません あなたは、"それ"なのです あなたが道であり、道そのものであり、"それ"そのものなのです ここに、永遠があります ここに、平和があります 愛しか存在しなく、愛しか現れないなら それはまさに幸福であるに違いありません あなたは、"それ"なのです あなたが道であり、道そのものであり、 "それ"そのものなのです」 「自我あるいは『私』というものは、とにかく対象がなければ存在できないのです そして、対象が存在する限り、悟りはあり得ません それでも、沈黙に落ちる時、いわゆる没入、サマディーが起こる時 『心』は光=愛の至福を体験します それがあまりにも素晴らしい境地なので それを一度知った者は、そこに入りたくて仕方なくなるのです 主の光を、心が鏡に映すように光っており、この時点ではまだ分離がありますが それでも、ここに留まるようになれば、やがて真のワンネスに至ります この至福に留まり続けて『私』を維持し続けることを良しとはしないのですが それでも、言うならば、この体験を求めるようになるなら、もう終わりに近いのです 『私』は、このサマディーを繰り返し欲望するようになります が、同時に、『まだ分離している』と気づき、やがて欲望が尽きるわけです 世界にある欲望は、言うなら外側(五感)に対するものであり サマディーは、内側に対する欲望であり、色や形のない至福です」 (以上、本文より)